コーリン鉛筆 タイで復活

 三角形の人の顔のマークのコーリン鉛筆。そういえば忘れかけていました。1997年に倒産していたのですが、元社員の頑張りで、タイで生産を継続していて、10年ぶりに日本での販売に漕ぎつけたのだそうです。
 
コーリン鉛筆 タイで復活 (7/5 読売朝刊)

バンコク=田原徳容】トンボ、三菱と並ぶ世界最高水準の日本製鉛筆として長年親しまれながら、1997年の会社倒産で姿を消した「コーリン鉛筆」が、タイで復活し、10年ぶりに日本に“再上陸”することになった。元社員がタイ人に指導し、技術と伝統を守り抜いてきた結果だ。“幻の文具”として日本のマニアの間で根強い人気を誇るだけに、元社員は「また使ってほしい」と意気込んでいる。

 この元社員は井口英明さん(40)。89年に入社し、タイの現地法人に出向した。東京都葛飾区に本社があった同社は、社歴80年の老舗文具メーカーで、西洋人女性の横顔を模した三角形の独特のマークが目印だった。しかし、過剰投資などで負債約70億円を抱えて倒産した。
 日本に戻った井口さんは経営再建は難しいと知り、「伝統ある鉛筆を何とか生かしたい」と、期限が切れる商標権を現地法人に移すため奔走。自らも生産停止の危機にあった現地法人の一社員として再スタートを切った。

<中略>

 井口さんは、「品質を落としたと思われたくなかった」と、世界トップレベルの技術を誇る日本の鉛筆であることにこだわった。色つきの良さと滑らかな書き心地がコーリンの持ち味。年に数回日本を訪れ、材料を調達し、鉛筆製造の技術者に教えも請いながら、造り続けた。
 日本への輸出販売は、資金面で難しいため見送ってきた。が、最近、インターネットで倒産前の商品が話題になっていると知り、「まだ忘れられていない」と考え直した。高齢者向けの高級色鉛筆を年内にも通信販売する方向で、現在、調整中。来年は東京の国際見本市にも出品する予定だ。
 鉛筆ケースには必ず、「JAPAN LEAD(日本の芯)」の文字を入れ、日本の心を忘れずにきた井口さん。「偶然引き継いだ仕事は今、ライフワーク。小さな商品だが、愛用してくれる人のために造り続けたい」と話している。

 私が小学生の時、錦織(にしこおり)さんという背の高い女の子(上品な美人系でした)の同級生がいて、なんとなくコーリン鉛筆のマークの女性と雰囲気が似ていたのです。にしこおりとコーリンの語呂もあうことと、愛用していたことから、コーリン鉛筆とそのマークはよく覚えています。

 海外出張中に日本の親会社が倒産し、日本に戻って経営再建がならない事を知って、「伝統ある鉛筆を何とかして活かしたい」と、タイの現地法人で商標と技術を引き継いで、タイ国内のみならず、香港やフィリピンに輸出までにされたとは、愛社心というか、製品への誇りというか、尊敬とともに感動を受ける話です。

 タイ人の奥さんと3人の子供を抱え、工場の倒産の不安も抱え、翻訳の副業もこなしながら、「良い鉛筆を一緒に作る」ことを、言葉の通じないタイ人と、毎日の様に泊まり込んで酒を飲んで話をして、連帯感を作りだしての生産復興だったそうです。
 
 倒産以来10年ぶりの日本市場でのコーリン鉛筆復活の輸出に漕ぎつけられ、「伝統ある鉛筆を何とか生かしたい」との念願が日本でも果たせたのです。
 夢が叶えられたのは、品質へのこだわりと、働く工場の人ひとりひとりに「良い鉛筆を一緒に作ろう」と語り意識を高めた、人の意識を重視する生産姿勢ですね。

 こころからおめでとうと拍手を贈りたい話で、嬉しくなる話でした。


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by yuji_oga | 2007-07-08 22:20 | 気になる話 | Trackback
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